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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)81号 判決

原告 王虹

右訴訟代理人弁護士 釜井英法

同 宇都宮建児

同 木村裕二

同 大橋毅

同 梓沢和幸

同 木本三郎

同 斎藤豊

同 平岡高志

同 紙子達子

同 安倍敏明

同 石田武臣

同 山田正記

同 伊藤重勝

同 野々山哲郎

同 村田敏

同 秀嶋ゆかり

被告 法務大臣 後藤田正晴

右指定代理人 武田みどり 外七名

主文

1  被告が原告に対して平成四年二月一七日付けでした在留期間の更新を許可しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、日本人女性と結婚し、日本人の配偶者等の在留資格で本邦に在留する中国国籍の男子が、妻と別居し、婚姻関係が破綻しており、日本人配偶者として本邦に在留する必要性がなくなったなどとして、在留期間の更新を不許可とされたので、その取り消しを求めるものである。

二  本件の前提となる事実関係は、次のとおりである(証拠により認定した事実は、その末尾に証拠を掲げた。その余は、当事者間に争いがない。)。

1  原告は、中国の国籍を有する者であって、昭和六〇年九月一七日日本国籍を有する高橋淑子(以下「淑子」という。)と婚姻し、昭和六一年一〇月二七日出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前、以下、「旧法」といい、改正後の同法を「法」という。)四条一項一六号及び旧法施行規則二条一号に該当する者(日本人の配偶者又は子)としての在留資格をもって本邦に上陸を許可され、その後数次の在留期間更新許可を受けて本邦に滞在している。

2  原告は、本邦上陸後淑子方に同居していたが、その後同女と不仲になり、昭和六二年四月頃家を出て、別居するに至った。淑子は、原告を相手方として、婚姻無効確認請求の訴えを提起し、当庁においては、平成二年一二月一六日判決により請求が認容されたが、平成三年一〇月二二日の控訴審の判決においては、右第一審判決が取り消されて、淑子の請求は棄却され、右判決は確定した。

3  原告は東京家庭裁判所に対し淑子との夫婦関係調整調停の申立てをしたが、平成二年七月一二日不調となり、その後淑子が平成三年一二月二〇日同裁判所に対し原告との夫婦関係調整調停の申立てをしたが、平成四年三月一七日同様に調停不成立に終わったので、同女は同年四月一七日当庁に原告を相手方として離婚請求の訴えを提起し、右事件は係属中である(〈書証番号略〉)。

4  原告は、平成二年一月一九日従前の在留資格(平成元年法律第七九号による旧法の改正に伴い、原告は、法別表第二日本人の配偶者の在留資格をもって在留するものとみなされた。)で、出国準備期間として、在留期限を同年四月二八日まで九〇日間とする在留期間更新許可を受け、同年七月三〇日在留資格を短期滞在に変更して在留期限同年一〇月二五日まで九〇日間とする在留期間更新許可を受けた。原告は、平成三年一月一〇日及び同年四月一六日それぞれ淑子との婚姻無効確認訴訟係属中であることを理由として短期滞在の在留資格で在留期間の更新申請を行い、各申請日において、それぞれ在留期間を九〇日とする許可を受けたが、平成三年七月六日の在留期間更新の申請に対しては、被告は平成四年二月一九日在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして、これを不許可とした(以下この不許可処分を「本件処分」という。)。被告が、右処分をした理由は、婚姻無効確認訴訟の終結により、訴訟遂行を理由とした在留の必要性がなくなったこと及び原告は日本人である妻と同居しておらず、その婚姻関係は破綻しており、日本人の配偶者として本邦に在留することを考慮する必要性もないということである。

三  原告は、本件処分の違法事由として〈1〉原告が依然として淑子と配偶者であって、原告は我が国において淑子と夫婦としての同居、扶養の義務等があるのに、本件処分は、この事実を考慮しなかったこと、〈2〉被告は、淑子と原告との婚姻関係が有効に成立しているのに係わらず、これが無効であることを前提として、本件処分をしているから、誤った事実を基礎としていること、〈3〉本件処分は、申請から七カ月以上も経過した後にされており、その理由として、婚姻無効確認訴訟の終結により、訴訟遂行を理由とした在留の必要性がなくなったことを挙げているが、右申請時や在留期間満了時にも訴訟が係属中であったから、相当期間内に更新許可がされていれば、右訴訟の終了により、在留資格を日本人の配偶者へ更新することが可能であったのに、判断が遅れたため、その間に訴訟が終了し、右更新申請の機会を奪われた。このように、本件処分は、恣意的に相当理由の判断時期を選択してされた点で、社会通念上著しく妥当性を欠くことの三点を挙げる。このうち、〈2〉については、被告が、原告主張の事実を前提として処分を行ったものではないとしており、現に被告の主張する処分理由は、右事実を含んでいないから、この主張は、それ自体失当である。〈3〉については、被告は、本件申請においては、「更新の理由」欄に「東京高等裁判所受理中」とのみ記載されていたので、その受理に当たり、裁判の進捗状況を書いた上申書の追完を指示したところ、同年八月二日その提出があったので、それに基づいて本件申請を審査中の同年一一月二〇日前記無効確認訴訟の原告勝訴の判決書の提出があったものであり、右判決により、訴訟係属のための在留の必要性がなくなったことから、日本人の配偶者として在留することが適当であるかどうかをも含めて判断した結果、前記の日に本件処分を行ったもので、被告が判断時期を恣意的に選択したことはないし、審査期間も、社会通念上著しく妥当性を欠くという程のものではないと主張しており、被告が、右控訴審判決のされる時期や内容を予測するのは困難であることからすれば、この点は被告主張のとおりであると認められ、原告のこの主張も採用できない。そうすると、本件の中心的な争点は、右〈1〉について、これが本件処分の違法事由になるかどうかであって、この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  被告

国際慣習法上、外国人の入国の拒否は、当該国家の自由裁量により決定し得るものであり、国家は、特別の条約が存しない限り、外国人の入国を許可する義務を負わないものであって、日本国憲法(以下「憲法」という。)二二条も同様の考えに立っているものと解される。そして、外国人が日本人の配偶者として本邦に在留することが認められるのは、単に法律上の婚姻関係があることによるのでなく、夫婦としての実体(民法七二五条により、夫婦は同居し、互いに協力しなければならない義務がある。)を維持するためには、日本人の配偶者と本邦において夫婦としての生活を維持する必要があると認められることに基づくものである。したがって、外国人が日本人の配偶者として本邦に在留することが認められるためには、右事実関係が認められることが必要である。原告については、妻と別居し、原告自身も出国準備を理由として在留期間の更新を申請してきたのであるから、原告と淑子とは、法律上の婚姻関係は継続しているものの、夫婦としての実体がないことは明らかである。原告と淑子が今後同居する可能性もないことは、淑子作成の上申書(〈書証番号略〉)及び前記離婚訴訟の提起によって明らかである。

原告は、法七条一項二号の規定から、「日本人の配偶者」は法的な身分関係であることが明らかであるから、その身分を有する者は、同居の事実等の加重要件なくして上陸及び在留の必要性が認められるのであり、在留期間の更新において法に明示のない加重要件を課すことは法の趣旨に反すると主張するが、右主張は、上陸許可及び在留期間更新許可に係る要件が同一であることを前提とする点で誤っている。すなわち、上陸については、許可権限が入国審査官にあり、その許可は上陸条件に適合する外国人に対してなされることとなっている(法九条一項)が、在留期間の更新については、許可権限が被告にあり、その許可は在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限りなされることとなっている(法二一条三項)。これは、上陸許可がこれから在留しようとする者に対する許可であるのに対して、在留期間の更新許可は、一定期間在留した者に対し、更に在留させるための許可であって、過去の在留中の行動その他がその拒否判断に反映されるようになっているからである。したがって、被告の右拒否判断は、広範囲の裁量に任せられているのであって、外国人が現に有する在留資格に該当している場合であっても、在留期間の更新の許可がなされないことがありうる。そして、「配偶者」概念に身分関係のものを求めるのは、右(二)のとおり在留制度の趣旨からみて当然のことである。

原告は、その主張する法解釈が、憲法二四条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)二三条一項等の趣旨に合致すると主張するが、憲法上外国人は我が国に入国する自由を保障されているものではないし、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない。また、右規約は、その一三条一項に、「合法的にこの規約の締結国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放できる。」と定め、法律に基づいて決定によって外国人を追放できることを示している。憲法二四条及び右規約二三条一項はいずれも、直接外国人の入国及び在留の権利を保障した規定ではないから、原告の主張は失当である。

2  原告

法の規定は、配偶者概念に身分関係以上のものを求めていない。法七条は、上陸の際審査されるべき「上陸のための条件」の一つとして、本邦において行おうとする活動が「虚偽のものでなく」「日本人の配偶者」たる「身分を有する者としての活動」に該当するか否かを挙げ、二条の二第二項においても、「日本人の配偶者」の「身分を有する者としての活動を行うことができる。」と規定している。これらの規定によれば、「日本人の配偶者」は、法的な身分関係であることが明らかであり、事実関係を含むものではない。また、「配偶者の身分」の概念が民法上のものであることは、法別表第二の「日本人の配偶者等」が、民法を準用した規定をしていることからみても文理上明らかである。そうであるならば、身分を有することにより認められる在留資格の更新の拒否の審査においても、同様の条件をもって審査されるべきものと解される。すなわち、法別表第一に掲げられたような本邦において特定の活動を行う者として在留を認める者の場合には、従前の在留状況により当初の在留目的による在留の必要性が認められなくなることがあり得るが、同表別表第二に掲げられたような一定の身分を有する者として在留を認める者については、当該身分が継続する限り、在留の必要性について上陸時と何ら変わらない評価を受けるはずであるからである。

一般に「配偶者の身分を有する者としての活動」は、同居、扶養に限られず、夫婦関係の調整、やむを得ず破綻した場合の婚姻関係の解消のための活動をも含むものであり、これら配偶者身分を有する者としての活動の必要がある限り、在留の必要性は認められるものである。したがって、同居の有無のみをもって在留の必要性を決し得ないことは明らかである。

「日本人の配偶者」たる身分を有する者は、同居の事実関係等の加重要件なく、上陸及び在留の必要性が認められる。法別表第二「日本人の配偶者等」には文理上何ら加重要件がないが、別表第一の二の表及び四の表の下欄に掲げる活動を行おうとする者については法七条一項二号が「法務省令で定める基準に適合すること」を加重要件として定めている。このように加重要件たる審査基準を法務省令で定めることとしたのは、我が国に入国しようとする外国人を始め関係者などが予め入国、在留の許可の基準を知り得るようにして入管行政のより一層の透明性及び公正性を図るためである。そうであるならば、何ら明示の加重要件のない「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動を行おうとする者」の場合に行政庁が勝手に要件を付加するならば、許可基準を明示せんとする法の趣旨に反することとなる。

憲法二四条二項の要請する個人の尊厳尊重の立場からすれば、「配偶者たる身分を有する者としての活動」の必要性は、行政上の判断が介入すべきでなく、原則として私的自治に委ねられるべきあり、公的判断が介入する場合にも、民事司法的判断にかぎられるべきである。そして、民法は、別居していても、破綻していても、扶養、同居義務を軽々に否定していないことはいうまでもない。

国際法上も、B規約二三条は、家族は社会及び国による保護を受ける権利を有し、締約国は、婚姻中及び婚姻の解消の際に、配偶者の権利と責任の平等を確保するため適当な措置をとるべきものとしている。本件における被告の処分は、原告の在留を認めないことにより、原告に離婚を強制するものであって、右規約に違反する。

以上のとおり日本人の配偶者の身分を有する者には、同居、扶養の事実関係の有無に係わらず上陸在留の必要を認めるのが法、憲法及びB規約の立場であるから、日本人の配偶者である身分を有することは、外国人の在留継続の拒否を審査する当たって当然重要な事由として考慮されるべきものである。しかるにこれを何ら考慮せずにされた本件処分は、裁量の方法ないし過程に重大な誤りがあり、違法である。

本件においては、明らかに淑子が有責配偶者であり、我が国裁判離婚の判例法上、有責配偶者からの離婚の請求は、例え婚姻関係が破綻している場合においても、別居が相当長期に及び、離婚により相手方配偶者が過酷な状態に置かれない保証があるなどの場合でない限り認められないこと、周知のところである。本件処分が是認され、原告が国外退去されれば、再入国は許可されないであろうから原告は日本に上陸できず、そのことをもって「婚姻を継続し難い事由」とみなされて、原告は離婚を強制されることとなる。その社会通念に反することは明らかである。

第三争点についての判断

一  法別表第二は、「日本人の配偶者等」の在留資格のうちの日本人の配偶者に該当するとされる要件について、日本人の配偶者であること以外に何ら条件を付加していないこと、上陸の申請があったとき入国審査官が外国人がそれに適合しているかどうかを審査する条件に関する法七条は、申請に係る本邦において行おうとする活動が、日本人の配偶者等の在留資格を有する者としての活動である場合については、その活動が虚偽のものではないこと以外に特に条件を付加していないこと、法施行規則六条、別表第三は、右審査を受ける外国人が上陸のための条件に適合していることを立証しようとする場合に提出すべきものとされている資料について、日本人の配偶者の在留資格の場合は、その者と日本人の配偶者との身分関係を証する書類及び日本人の配偶者の身元保証書のみとしていること、以上のような法及び規則の規定からすれば、法は、日本人の配偶者である者として在留資格が付与されるべき者については、日本人との婚姻が法律上有効なものであれば足りるものとしているものと解される(したがって、その婚姻が、例えば在留資格を得ることを目的としてされたような場合は、婚姻意思を欠くものとして無効であるから、入国審査官や被告は、この点を審査し、そのような場合であることが判明すれば、入国を拒否し、或いは在留期間の更新をしないことができる。)。

二  日本人の配偶者等の在留資格をもって上陸を許可された外国人は、本邦において、日本人の配偶者等の身分を有する者としての活動を行うことができるとされており(法二条の二第二項)、その活動内容について、在留資格の観点からする制限は加えられていないが、配偶者にあっては、夫又は妻が夫婦として相手方に対して負う義務の履行は、「日本人の配偶者等の身分を有する者としての活動」のうち中心的なものといえよう。そのような夫婦として相手方に対して負う義務のうち、主要なものは、同居及び協力・扶助の義務であるが(民法七五二条)、夫婦において、仮にその義務が尽くされていない状態があったとしても、それが故に夫婦が夫婦でなくなるものではない。有効に成立した夫婦関係は、離婚によらなければ解消されることはないことはいうまでもない。被告は、夫婦関係の実体のある配偶者でなければ、本邦に在留することが認められないと主張するが、我が国民法においては、有効に成立した夫婦関係が、同居、協力・扶助の義務を尽くさない状態になったからといって配偶者でなくなるものとしてはいない。民法は、配偶者から悪意で遺棄された場合でも、裁判所が一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することもできるとしているのである。このように請求が棄却された場合に、その夫および妻が配偶者ではないとすることのできないことは明らかである。

三  被告は、在留期間の更新の拒否について広範な裁量を有すると主張する。確かに法二一条三項は、在留期間の更新の拒否について被告に裁量権を付与しているが、その裁量権の行使に当たり、当然考慮すべき事項を考慮しなかったため、その結果が社会観念上著しく妥当性を欠くものとなった場合には、その裁量権の行使方法に誤りがあったものとして、その処分は違法となると解すべきである。

四  本件においては、原告と淑子の婚姻が有効なものであることは、裁判上確定している。原告と淑子とは同居していないし、協力・扶助義務も尽くされておらず、その間に離婚訴訟が係属していて、その夫婦関係が破綻に瀕していることは争いのないところである。しかしながら、離婚訴訟がどのような結果となるかは、予測の限りではない。淑子が有責配偶者であるとされるときは、その請求が棄却されることも大いにあり得る。そうなった場合には、原告は依然日本人の配偶者であって、在留資格に欠けるところはないこととなるのである。

五  夫婦関係がその実体を有するかどうかを判断することは極めて困難である。被告は、淑子作成の上申書(〈書証番号略〉)を引用するが、同女が、婚姻を無効であるとしてした供述は、婚姻無効確認訴訟の控訴審判決によって虚偽であるとされ、その判断が確定しているのである。同女のいうところがどれ程真実を含むのか心許ない限りであり、本件処分における原告と淑子との夫婦関係の現状に関する被告の判断がそのような者の供述に全面的に依拠してされたものとすれば、危ういことという他はないのである。夫婦関係の実体をいうのであれば、離婚訴訟が係属している限り、少なくとも、そこにおける司法判断の結果を待つべきものであろう。

六  本件処分により、原告が我が国に在留できないこととなれば、配偶者である原告が、淑子からの離婚訴訟に応訴して、なお欲している淑子に対して同居や協力・扶助の義務を尽くす機会を裁判の結果を待たず事実上奪うことになる。それは、原告に一方的に不利益な処分であり、日本人の配偶者等を在留資格としている法の趣旨に反する結果となる処分であるというべきである。

以上のとおり、本件処分は、原告が日本人の配偶者であることを考慮しておらず、その結果、原告に著しく過酷な結果をもたらすものとして、裁量権の逸脱があり、違法な処分として取消しを免れないものといわざるを得ないのである。

第四結論

よって、原告の請求は理由がある。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 榮春彦 裁判官 長屋文裕)

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